プレゼントイメージ

ホワイトデーで感謝を込めて贈る精一杯のプレゼント

3月14日はホワイトデー。
多くの人たちが想い人へ感謝の思いを込めて何かしらのプレゼントを贈ると思います。
この話は私が大学のころに体験した話です。
そして、今まで自分から何かを企画し、サプライズをする初めての経験でもあった話です。
私は小さい頃からバスケットボールをしています。
小学校の頃から毎日バスケットボールにかけくれ、3人兄弟全員がバスケットボールに励んでいました。
もともと体が強くなかったのを克服するのとともに、兄の影響を受け、幼稚園の頃からバスケットボールとともに歩んできました。
ミニバスケットでよい恩師にも出会え、中学校では経験者が自分だけという状況でしたが、周りの人に支えられながら、バスケが好きだという気持ちと、もっと上手くなっていろんなプレーをしてみたいという可能性を期待していました。
そして高校では、兄貴が入学した高校へと進学しました。
まだ若いチームでしたが、私たちの代で念願の初全国出場に果たし、大学へ1年ろうにんして入学し、バスケ部へ所属しました。
カレッジバスケットはかなり体格も違いましたが、高校を越えたあたりから漸く筋肉がつきやすい体に変わってきました。
そして大学での全高大会をかけた試合が始まりました。
その頃私は1年ながら、レギュラーとして試合に出させてもらえるまでに成長していました。
そしてそのときの同学年のマネージャーと交際をスタートしていました。
自分のことを理解してくれるとともに、試合での怪我のサポートなどもしてくれて、本当に日頃から感謝していました。
しかし、自分の性格上、普段の中で、面と向かって感謝を言うことに抵抗を感じていました。
本当に自分でもめんどくさいと思う性格で嫌になりますが。
そんな状況で、全国をかけた試合が始まりました。
私たちのチームは順調に接戦もありましたが、勝ち進んでい行きました。
そして、決勝で、前回接戦の末に負けたチームとの大戦になりました。
そしてトスアップ。
私たちは全員が全力を尽くし、お互いに一歩も引き下がりませんでした。
4年生にとっては最後の試合、何が何でも全国に行って、先輩たちとプレーをまだしたい。
先輩たちの引退の伸ばしたい。
その一心でj分に出来ることを精一杯行いました。
しかし、試合が始まって最後の10分間が始まって直後、私は相手の足の上に着地してしまい、捻挫をすると同時に頭を強く打ち、出血してしまいました。
一時タイムアウトでベンチに帰ったとき、足はありえないくらいに晴れ上がり、頭の出血はなんとか止まったものの、クラクラする状態でした。
自分のポジションはシューティングガードで得点を量産していくポジションだったために、足を怪我するのはかなり致命的でした。
しかし、その時の彼女が、治療をしてくれている最中に、「早めのバレンタインプレゼント、役立てて。あと10分、自分のためにじゃなくチームのために、先輩たちのためにシュートを決めて。」そう言いながら、手作りのミサンガを渡してきました。
今まで中学校の経験から、チームより、自分のためにやってきた思いがわずかながらあったものが一気になくなり、本当にチームのために自分がいるのだと、チームが勝つために自分がここで引き下がってはダメなのだと思い、そのミサンガを怪我したし首に巻、視力を尽くしました。
これまでのような万全なプレーはできないまでも、これまでと同じくらい得点を挙げていきました。
そして最後数秒、1点ビハインドの瞬間に自分にボールが回り無我夢中でシュートを放ちました。
そのシュートはこれまでで一番綺麗な弧を描きながらネットを通過して、私たちは僅差で勝利しました。
その瞬間、勝ったのだと、ガッツポーズをして先輩たちと抱き合いました。
そしてベンチにいる彼女の方を向いて泣いている彼女に笑顔でガッツポーズをしました。
そのとき、これまであまり痛まなかった負傷した部分が痛み出し、たってられなくなり、倒れかけたところ先輩に助けてもらいながら整列しました。
その試合の直後から自分は怪我の治療とリハビリを始めながら、このプレーがあったのも彼女があの時言ってくれた言葉とプレゼントのおかげだと感謝していました。
なんでもないような言葉かもしれませんが、あの時にあの状況で言われた言葉にはかなり重みがあり、胸に響きました。
それからホワイトデーに彼女を体育館に呼び出し、音楽をかけて、リハビリで始めて動けるようになったのをその場で全員でのダンスをすると気に教え、みんなの前でこれまで面と向かって言えなかった感謝の言葉と手作りのミサンガをプレゼントしました。

Copyright(c) 2011 present.com All Rights Reserved.