プレゼントイメージ

ずっと見守り続けてくれた母、バレンタインデーの日に私の枕元にあったチョコレート

10代の頃の私は今思い返して見ると、本当に酷いものでした。
反抗期といえば誰にでもある時期だと思われますが、私の反抗期は特に酷く、今思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
母とロクに口も聞かず、母が用意してくれた食事に文句を言うのは日常茶飯事でした。
お世辞にも家事全般が得意とはいえなかった母は、要領も悪く、食事を作るのに物凄く時間がかかりました。
部活から帰宅した空腹の私は、早く作ってくれと偉そうに頼み、遅すぎると文句を言う始末でした。
そして母がようやく食卓に運んでくれた食事を見て言った言葉は「こんな不味いもの食えるか、ささっと金をよこせ。」と暴言を吐き、母からもらったお金でコンビニ弁当を買うことがしょっちゅうありました。
母は怒ることはせず、「ごめんね、ご飯を作るのが上手ではなくて。」と悲しそうな顔をしながら、お金を渡してくれました。
私はその時期、勉強も部活も、交際していた彼女とも上手くいっておらず、常にイライラしていました。
そしてバレンタインデーを控えた2月のはじめに、彼女に振られてどん底になっていました。
食欲がなくなり、顔色が悪い私を見て母が言いました。
「何か美味しい物を作ってあげようか。」その言葉を聞いて私は「おまえの作るもので美味しいものなんかない。」と怒鳴って家を飛び出してしまいました。
ストレスのピークだったので、優しい言葉をかけてくれた母に八つ当たりをしてしまいました。
しかし、学生の私は帰る場所は家しかなく、あんな言葉を言ってどんな顔をして家に帰って良いか分からなくなり、母が眠っているであろう深夜にこっそり家に帰りました。
鍵は閉まっていませんでした。
母が開けてくれていたようですが、電気は真っ暗で寝静まっていました。
私は自分の部屋に入り、風呂にも入らずにそのまま寝ました。
翌朝、何も食事をとっていなかったので空腹で早く目が冷めました。
枕元にピンク色の包装紙に包まれた箱が目につきました。
開けてみると中には不格好な形のチョコレートがゴロゴロと入っていました。
キッチンに母の姿を探しにいくと、朝早すぎたのがまだいませんでした。
流し台に目がいきました。
処々チョコレートが固まり、コンロの上の鍋もチョコレートが固まってついていました。
ラップをかけられた皿に3個のおにぎりがありました。
それを見てボロボロ涙がこぼれました。
こんな自分の為に食事を作り、一生懸命チョコレートまで作ってくれた母の有り難さを感じ、同時に今までの自分の愚かさを思い知りました。
忘れられないバレンタインデーになりました。

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