プレゼントイメージ

母とたくさんの時間を共有することで知る本当のプレゼント

物心がつく頃から母の誕生日や記念日には、必ず物をプレゼントしていました。
それは母が好きな植物であったり、スイーツであったりしました。
働いていたころはお金にも余裕があったので、奮発して様々な物をプレゼントしていました。
もちろん母も贈り物を喜んでくれましたが、むしろプレゼントしていた私の自己満足だったかもしれないと今では思っています。
私は30代の中頃に、国が難病に指定している病気になりました。
食べる物を制限されて、一日おきに病院へ治療に行くことが日課になりました。
今まで何でも美味しく食べることができたのに、がらりと食事内容が変わったため、食べるという喜びを失った過去があります。
しかも一日おきに治療のために病院へ行かないといけなかったので、時間を制限されて自由が奪われたような気もしていました。
この病気の治療方法のひとつに臓器の移植があり、親族間のみ生体間の移植が認められています。
そこで母が自分の臓器を提供することを提案してくれて、移植に踏み切ったのは30代後半の頃です。
健康な人の身体を傷つけることは、本当に申し訳ないと思いながらも感謝してもしきれない今の自分がいます。
今では何でも食べることができるようになり、時間の制限もなくなり普通の生活を取り戻すことができています。
気のせいかもしれませんが、移植後から少し価値観が変わったような気がしています。
それは母へのプレゼントの内容にもあらわれているのではないかと思っています。
一緒に食事を楽しんだり、旅行へ行ったりと二人の時間を楽しめるようなプレゼントに変わりました。
いろんな場所へ出かけて、美味しいものを食べたり、時間を共有することは移植前はなかった経験でした。
初めて親の好きな食べ物やどのようなことが楽しいのかを知ることができました。
それは相手を思いやるということにもなり、相手のことを考えて行動をすることにもつながったと思っています。
移植前は、自分の独りよがりの思いの贈り物だったような気がしています。
親と長い時間を共有することで、色々なことや思いを初めて知った気がしています。
本当であれば一生身体に傷つくようなことはなかったのに、これが親の愛の深さなのだと30代にして知ることになりました。
そして、これからも親が心の底から楽しめるような贈り物を考えていきたいと思っています。
それは、自分が親の深い愛に包まれることでもあるからかもしれないといつも移植した臓器のある場所を触りながら思っています。

Copyright(c) 2011 present.com All Rights Reserved.