プレゼントイメージ

亡くなった母の入院中にあった嬉しいお見舞いの思い出について

私の母は昨年ガンで亡くなりました。
検査でガンが見つかった時には既に手遅れの状態だったので、手術などは行わず、薬による疼痛治療をメインで行っていました。
亡くなるまで2ヶ月位の入院期間があったのですが、儀礼的なお見舞いは母の体力を消耗させるだけになるのでお断りしていました。
一方、母の友人たちのお見舞いは、よほど母の体調が悪くない限り、ありがたくお受けするようにしていました。
もともと私の母はとても社交的な人で、元気な頃は友人たちと頻繁に旅行に行ったりしていました。
特に中学から高校にかけての友人たちとは非常に長く友人関係が続いていたので、娘の私から見ても羨ましいぐらいでした。
友人たちとのおしゃべりが一番のストレス発散方法だと言っていたような人だったので、亡くなる直前まで、会いたい友人とは会わせてあげるべきだと考えました。
入院患者の中には、やせ衰えた姿を他人には見られたくないと考える人も多くいるようですが、うちの母にとっては、自分の姿が他人の目にどう映っているのかという問題よりも、仲の良かった友人には、直接会って最後のお別れをしたいという気持ちの方が強かったようです。
いくら気丈にしてても、亡くなる少し前からはかなり体が辛くなってしまったようで、口からの食事はほとんど摂れなくなってしまいました。
そんな時に、母の友人の一人が、お見舞いに鰊の三平汁を作って持って来てくれました。
私の母は、小樽で生まれ育った人で、北国の人にありがちな塩辛い食べ物が大好きな人でした。
しょっぱい味が大好きな母にとって、病院の食事はとても味気ないものだったらしく、病気のせいで体が食べ物を受け付けなくなってしまう前から、あまり食が進んでいませんでした。
「食べないと体力が落ちちゃうよ」などと言っているうちに、食べようとしても、体の方が食べ物を受け付けない状態になってしまい、点滴で栄養補給するしかないようになっていたのです。
そんな時に、母の友人がお見舞いに持って来てくれたのが、母が小さい頃よく食べていた鰊の三平汁だったのです。
病棟の給湯室のコンロで温め直した鰊の三平汁を、母は本当に美味しそうに食べました。
食べたと言ってもお椀に半分位の量だったのですが、口から味わって食べてもらうことができたので、娘の私もとても嬉しく思いました。
その数日後に母は亡くなりましたが、最後に懐かしい故郷の料理を味わってもらうことができ、本当に良かったと思っています。
三平汁をお見舞いに持って来てくれた人には、今でもとても感謝しています。

Copyright(c) 2011 present.com All Rights Reserved.