プレゼントイメージ

母の誕生日に贈った初めてのプレゼント

わたしは、母子家庭で育ったのですが、母親からプレゼントというものをを貰ったことがありませんでした。
というのも、家が貧乏だったからです。
だからわたしにとって、誕生日もクリスマスも、特別な日ではありません。
友達は親からプレゼントを貰っているのに、何で自分だけ何ももらえないのだろう。
自分は母親から愛されていないのだろうか。
子供のころはそんな風に悩んでいる時期もありました。
誕生日とクリスマスの夜は、布団の中で人知れず泣いたものです。
ですが成長するにしたがって、家庭状況のあれやこれやを理解していって、プレゼントを貰えないのはしかたのないことなのだと、納得することにしました。
だからどうでもいい。
誕生日ケーキもクリスマスプレゼントもサンタクロースなる謎の老人も、もうどうでもいい。
そんな感じで、自分の中からプレゼントに関する一切合財の記憶を封印することにしたのです。
幼いころのわたしにとって、そうすることでしか、心の痛みを消す術はなかったのです。
それから十数年経ち、わたしは成人しました。
自分で稼げるようになって、物理的には何も不自由のない生活を送れるようになりました。
そして私は、自分の誕生日とクリスマスには、自分で欲しいものは何でも買えるようになりました。
ですが、子供のころ欲しかったものを手に入れても、少しの間は満足感がありますが、しばらくするとそれは「ふっ」と消えてしまいます。
後に残るのは空しさだけです。
子供のころはあんなに欲しかったのに、いざ手に入れてみるとこんなものかと、ガッカリしたものです。
ですがよく考えてみると、それは「本当のプレゼント」ではないからではないのか。
プレゼントとは、誰かが誰かに、好意や感謝の印として贈るものです。
だから自分で買っても、それは真のプレゼントとはいえないのです。
真のプレゼントとは、好意を贈るということなのです。
「そうだ、自分が本当に欲しかったのは物ではなく、好意なのだ」ふっと、わたしは気が付きました。
そしてわたしは、母を思いました。
必死に働いて、わたしを育ててくれた母。
金銭的には裕福では無かった子供時代ですが、母はわたしをまぎれもなく愛し、育ててくれたのです。
母の愛が、わたしにとっての真のプレゼントだったのです。
わたしは母に深い感謝の念を覚えました。
そして、母の誕生日に、わたしは温泉旅行のチケットを贈りました。
母は、泣いて喜んでくれました。
「ごめんね、ありがとう」母はそう言いました。
自分で欲しいものを買うよりも、はるかに心が満たされました。
誰かに愛されたいなら、まず自分が誰かを愛さなければならない。
わたしはそう心に刻み、毎年母にプレゼントを贈っています。
それが私の小さな喜びなのです。

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