プレゼントイメージ

希望を与えるプレゼント

私が小学校3年生の時、祖父はガンを患い、余命一ヶ月と宣告されていました。
ガンの位置が喉にあったので固形物を食べることができず、食べ物は全て裏ごししなければなりませんでした。
祖父の食事を作っていたのは母でした。
毎日毎日メニューがかぶらないように献立を考え、裏ごししてもおいしいように工夫をしていました。
そんなある日、祖父は飴を舐めました。
喉には穴を開け、詰まりそうになったら吸引機で搾り出します。
飴を舐めると舐めた液体が喉に流れてしまい、一時大変な状況となってしまいました。
母は祖父に対して怒っていました。
でも、私といるときにふと本音を漏らしました。
「お父さんはあの飴が大好きだから、舐めさせてあげたいけど・・・。好きな食べ物も食べられない状況を見てると辛い・・・。」と。
涙ぐむ母に私は背中をさすりました。
その時、初めて弱気な母を見ました。
そして一ヶ月経った頃、祖父は亡くなりました。
最期の最期まで懸命に生きたと思います。
享年九十二歳。
大往生でした。
祖父の亡くなった二日後に葬式がありました。
その日が母の誕生日だったのです。
とても祝えるような雰囲気ではなく、パーティもありませんでしたが私はその日のために書いたメッセージカードを渡しに行きました。
母は明らかに落ち込んだ様子でした。
自分の誕生日だと言う事も忘れているのかもしれないと思いました。
後ろに隠したメッセージカードを強く握りながら私は母に話しかけました。
メッセージカードを渡すと暗い顔が明るくなり、「そういえば今日は誕生日だった。」と笑いました。
母は私のほうを真正面に向いて言いました。
「今日はね悲しい日だけどうれしい日でもあるの。おじいちゃんはやっと自由になって天国へ行けた。おじいちゃんも幸せだったって言ってくれた。可愛いくて心優しい孫に出会えて。おじいちゃん知ってたよ。あなたがおじいちゃんの吸引をしてくれたこと。小学校3年生じゃ吸引は難しいってお医者さんが言ってたのに、おじいちゃんが苦しそうだから早く楽にしてあげたいと言ったこと。お母さん嬉しかった。ありがとう。プレゼントもありがとう・・・。本当にいい子に育ってくれてお母さん嬉しい。」と。
聞き終わる頃には私はもう涙があふれそうになっていました。母と抱き合い、沢山泣きました。
泣いた後はみんなで楽しく母の誕生日パーティをしました。
今でもいい思い出です。

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