プレゼントイメージ

母の日のプレゼントを大人になってから

母の日のプレゼントを子供の頃にしなかったのは、幼くして母親を亡くしていたからです。
小学生の低学年から母親が入院していた我が家では母親は病院に寝ている人、お正月など、特別な時だけ家に来て寝ている人、でも優しい人。
そんな印象の人でしたので、中学に入る前に亡くなりましたが涙も出ませんでした。
母親に愛情を注いでもらうだけの親子の時間が持てなかったのだろうと思います。
誰が悪いのでも無く、病気が悪いだけですが、どんなにか母も無念だったでしょう。
更に母親以上に苦労したで有ろう父親にも反発してしまう生活でした。
母親不在の家庭でしたので、私は小学生時代から否応無く主婦でした。
学校からランドセルをしょって帰宅すると、友達は皆、どこかへ集まって遊びに行こう、などと約束しているのですが、私は そんな誘いも断り、小さな手には大き過ぎる買い物籠を下げて、近くの市場へ買い物に行くのです。
昔はスーパーのように買い物袋なんかお店でくれません。
みんな、自前の籠を持って行くのです。
袋とは違って、これが結構邪魔臭いんです。
冷蔵庫だって、各家庭に有りはしましたが、200リッタークラスが標準で、毎日の食材は毎日買うのが当たり前でした。
想像してみてください。
小学生の小さな体で大人が使うような大きな買い物籠を下げて市場に行き、卵や魚なんかを買うんです。
ジャガイモやお豆腐なんか買うと、もう重たくて重たくて・・・数年も続けると、慣れては来ますが、心はすっかり荒んで居ました。
帰宅してから遊ぶ時間が無いために、学校をサボって遊ぶように成りました。
当然、真面目な友達なんか出来ません。
不良仲間しか友達に居ませんでした。
それすら親のせいにしていました。
年頃に成ると、私は母親代わりに家事をさせられる事に嫌気が刺し、18歳で高校を卒業すると同時に逃げるように独立し、家を出てしまいました。
働きながら息子(私の弟)と暮らし、男所帯で父も随分と苦労しただろうと随分と後に成って、やっと思える情けない娘です。
父も既に他界しており、親不孝者の娘で有ったことを申し訳なく思う日々です。
そんな親不孝な娘であった私も大人に成り、人並みに結婚する事が出来ました、結婚してからは主人の両親に「父の日、母の日」のプレゼントをする事が出来ます。
亡き両親に心の中で詫びつつ、仏壇にお参りしています。

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